2008年09月06日
阪神電車を撮る 後編
さて、阪神電車第二弾です。甲子園駅には、8801形が梅田で折り返して戻ってくるくらいまで居ようと思ったのですが、時間にして40分ほど、ちょっとカメラをいじっていろいろしてみます。

暗くしてみました。いや、それだけなんですけどね。なんかイマイチ。

流し撮りですね。今まで一度もやったことがなくて、成功した(かろうじて前面にピントが合った)のは数枚撮ったうちでこの1枚だけです。難しい。

やって来ました。8801形です。実はこの日まで一度も会ったことがなかったりします。(最近になって稼働回数が増えていますが、少し前までラッシュ専用でした。)

近鉄直通列車用の1000系です。2006年に登場し、試運転を重ねて、今では割とよく見る形式になっています。
今回は雨で残念でしたが、また近いうちにリベンジがしたいですね。

暗くしてみました。いや、それだけなんですけどね。なんかイマイチ。

流し撮りですね。今まで一度もやったことがなくて、成功した(かろうじて前面にピントが合った)のは数枚撮ったうちでこの1枚だけです。難しい。

やって来ました。8801形です。実はこの日まで一度も会ったことがなかったりします。(最近になって稼働回数が増えていますが、少し前までラッシュ専用でした。)

近鉄直通列車用の1000系です。2006年に登場し、試運転を重ねて、今では割とよく見る形式になっています。
今回は雨で残念でしたが、また近いうちにリベンジがしたいですね。
2008年09月05日
阪神電車を撮る 前編
さて、今日は学校帰りにちょっこら撮影に行ってきました。とはいっても、学校の最寄り駅の香櫨園駅から少し行ったところの甲子園駅です。
「夕陽で輝く阪神電車を撮りたい」と思ったのですが、学校を出たときに一発目の雷が鳴り、その後雨が降り出しました。
雨が降ると、撮影は難しいです。それでも、やってみましたので。

雨でピントが合いません。


▲6両のみの珍車、8801形です。1970年代、近鉄との相互乗り入れ計画が具体化した時に乗り入れ用として車両は製造されましたが、その時の計画は中断、21世紀になって、近鉄乗り入れが実現することになりましたが、この車両は乗り入れないでしょう。
ちなみに、最近阪神電車では急速に従来のバンドン式連結器から近鉄乗り入れに対応した密着連結器に交換されているが、この編成は未交換。同じように未交換だった2000系の1編成が廃車となったように、この8801形も未交換のまま間もなく廃車されてしまうかもしれない。

次回はちょっとカメラで遊んでみます。
「夕陽で輝く阪神電車を撮りたい」と思ったのですが、学校を出たときに一発目の雷が鳴り、その後雨が降り出しました。
雨が降ると、撮影は難しいです。それでも、やってみましたので。

雨でピントが合いません。


▲6両のみの珍車、8801形です。1970年代、近鉄との相互乗り入れ計画が具体化した時に乗り入れ用として車両は製造されましたが、その時の計画は中断、21世紀になって、近鉄乗り入れが実現することになりましたが、この車両は乗り入れないでしょう。
ちなみに、最近阪神電車では急速に従来のバンドン式連結器から近鉄乗り入れに対応した密着連結器に交換されているが、この編成は未交換。同じように未交換だった2000系の1編成が廃車となったように、この8801形も未交換のまま間もなく廃車されてしまうかもしれない。

次回はちょっとカメラで遊んでみます。
2008年09月04日
ああ、やっと…
KATOのキハ30・35・36が9月11日にやっと出荷されるそうです。
思えば…
5月位に最初の情報がホームページに載り、その後模型の写真が公開され、2回延期で当初7月発売予定のものが9月まで延期されて…
その間に価格改定で少し安くなり、と色々ありましたが、
完成品を見る限りではすごく出来が良いようなので、絶対に買います。でも、予約はしていません。私は必ず製品をこの目で見てから商品を購入しますから。
キハ30は基本塗装は気動車標準色と首都圏色の2色だけですが、他にも、久留里線、相模線、和田岬線などのそれぞれの線に合わせた形態に改造されていったので(ブタ鼻、全面補強など)、それらも是非、表現してみたいものです。強いて言えば、ちょっと高いか。

参考写真 キハ30久留里線色。
思えば…
5月位に最初の情報がホームページに載り、その後模型の写真が公開され、2回延期で当初7月発売予定のものが9月まで延期されて…
その間に価格改定で少し安くなり、と色々ありましたが、
完成品を見る限りではすごく出来が良いようなので、絶対に買います。でも、予約はしていません。私は必ず製品をこの目で見てから商品を購入しますから。
キハ30は基本塗装は気動車標準色と首都圏色の2色だけですが、他にも、久留里線、相模線、和田岬線などのそれぞれの線に合わせた形態に改造されていったので(ブタ鼻、全面補強など)、それらも是非、表現してみたいものです。強いて言えば、ちょっと高いか。

参考写真 キハ30久留里線色。
2008年09月04日
12年前の梅小路
アルバムから古い写真を見つけたので掲載しておきます。12年前の梅小路の様子です。

DD51やEF65が主力車両として活躍していたころです。

しかし、どの写真にも113系が入っています。それだけありふれた存在だった113系やEF65にDD51、すべて今では追いかけられる存在となってしまいました。
時が流れるのは非常にはやいです。
今日はここまでです。冗談抜きでネタがなくなってきました。
どうにかしなくては…

DD51やEF65が主力車両として活躍していたころです。

しかし、どの写真にも113系が入っています。それだけありふれた存在だった113系やEF65にDD51、すべて今では追いかけられる存在となってしまいました。
時が流れるのは非常にはやいです。
今日はここまでです。冗談抜きでネタがなくなってきました。
どうにかしなくては…
2008年09月03日
福知山線廃線跡を歩く
今回は、福知山線廃線跡散策の話をします。福知山線生瀬~武田尾間は、武庫川沿いの旧線から、昭和61年の電化開業時、複線化開業と同時に長大トンネルを通るルートに転換され、単線の旧線は廃線になりました。
ハイキングコースとして整備されているわけではなく、すべて自己責任で歩かなければいけませんが、鉄道線のため平坦であること、大阪から近い、両端が鉄道駅であることなどから人気があって、休日などでは結構な人が訪れます。
生瀬駅沿いの幹線道路をしばらく行くと、旧線への分岐地点が現れます。旧線をしばらく進むと、武庫川沿いに出て、ここから終点の武田尾駅までずっと武庫川沿いを歩きます。
鉄道線の名残りで安全柵が設置されていて、渓谷の景色を眺めることができます。なお、この直線区間の制限速度は60キロでした。
もう少し行くとトンネルが現れます。

ハイキングコースではないため、トンネル内の照明はなく、懐中電灯は必需品です。また、枕木がところどころに落ちているので、注意しないと転びます。
いくつかのトンネルを抜けると、鉄橋が現れました。
また、いくつかのトンネルを抜けると、休憩所が見えます。実は、武田尾側の500mほどは宝塚市がハイキングコースとして整備しています。
▲ここら辺、一番旧線の枕木がはっきり見えます。

JR西日本の警告がありますが、皆さんガン無視(アウトオブ眼中完全無視)ですね。
そうして行くと、武田尾駅に着きます。武田尾駅界隈は、温泉町です。
ハイキングコースとして整備されているわけではなく、すべて自己責任で歩かなければいけませんが、鉄道線のため平坦であること、大阪から近い、両端が鉄道駅であることなどから人気があって、休日などでは結構な人が訪れます。
生瀬駅沿いの幹線道路をしばらく行くと、旧線への分岐地点が現れます。旧線をしばらく進むと、武庫川沿いに出て、ここから終点の武田尾駅までずっと武庫川沿いを歩きます。
鉄道線の名残りで安全柵が設置されていて、渓谷の景色を眺めることができます。なお、この直線区間の制限速度は60キロでした。
もう少し行くとトンネルが現れます。

ハイキングコースではないため、トンネル内の照明はなく、懐中電灯は必需品です。また、枕木がところどころに落ちているので、注意しないと転びます。
いくつかのトンネルを抜けると、鉄橋が現れました。
また、いくつかのトンネルを抜けると、休憩所が見えます。実は、武田尾側の500mほどは宝塚市がハイキングコースとして整備しています。
▲ここら辺、一番旧線の枕木がはっきり見えます。

JR西日本の警告がありますが、皆さんガン無視(アウトオブ眼中完全無視)ですね。
そうして行くと、武田尾駅に着きます。武田尾駅界隈は、温泉町です。
2008年09月02日
九州新幹線の全線開業と、787系特急車両の転配
「いや、私が思うにですね」シリーズ第二弾です。
前回の北陸新幹線開業ネタに続いて、今度は九州新幹線博多開業ネタです。
九州新幹線は、鹿児島中央(旧西鹿児島)~新八代間が開業していますが、新八代~博多間の建設も進んでいて、2011年に開業予定で、山陽新幹線との直通用車両も開発中です。

2008年8月の上熊本駅。高架橋の建設が進められていて、一部区間では線路の敷設も行われています。
ここで問題となるのが、並行在来線を走るリレーつばめや有明号の今後です。
▲現在使用されている787系。左側の側面には、リレーつばめの英語表記が入る。
新八代~鹿児島中央の暫定開業時に、同区間のつばめ号が廃止となった上、第三セクター化されたので、2011年の博多開業時にも、同区間のリレーつばめ号や有明号は廃止になるものと思われます。
では、その車両はどこに行くのか、ということを検証していきたいと思います。
・まず、JR九州の特急車両の中で、787系よりも車齢が高いのは485系と783系です。
しかし、783系は、貫通型の前面を持っている車両もあって、多い時には3列車併結で運転されるので、増解結運転が不得意な787系ではとても置き換えられないでしょう。
485系は大分と鹿児島に配置されていて、九州の特急電車の中では最古参です。
一番787系によって置き換えられそうな形式です。485系のクモハや半室グリーン車なども787系に装備なので、難なく置き換えられるでしょう。
485系は73両で、787系は140両なので、67両は残る計算ですが、同じく787系使用列車の博多~門司港間の特急「きらめき」は、それなりの乗車率なので、有明(熊本~小倉間で運転)廃止後はきらめきを増発することも考えられます。あとは、繁忙期の増発用。
とこんな風に予想を書き綴ってみたが、前にも言った通り、未来はGod knowsなので、この通りになるとは限らない。というかならない。
前回の北陸新幹線開業ネタに続いて、今度は九州新幹線博多開業ネタです。
九州新幹線は、鹿児島中央(旧西鹿児島)~新八代間が開業していますが、新八代~博多間の建設も進んでいて、2011年に開業予定で、山陽新幹線との直通用車両も開発中です。

2008年8月の上熊本駅。高架橋の建設が進められていて、一部区間では線路の敷設も行われています。
ここで問題となるのが、並行在来線を走るリレーつばめや有明号の今後です。
▲現在使用されている787系。左側の側面には、リレーつばめの英語表記が入る。
新八代~鹿児島中央の暫定開業時に、同区間のつばめ号が廃止となった上、第三セクター化されたので、2011年の博多開業時にも、同区間のリレーつばめ号や有明号は廃止になるものと思われます。
では、その車両はどこに行くのか、ということを検証していきたいと思います。
・まず、JR九州の特急車両の中で、787系よりも車齢が高いのは485系と783系です。
しかし、783系は、貫通型の前面を持っている車両もあって、多い時には3列車併結で運転されるので、増解結運転が不得意な787系ではとても置き換えられないでしょう。
485系は大分と鹿児島に配置されていて、九州の特急電車の中では最古参です。
一番787系によって置き換えられそうな形式です。485系のクモハや半室グリーン車なども787系に装備なので、難なく置き換えられるでしょう。
485系は73両で、787系は140両なので、67両は残る計算ですが、同じく787系使用列車の博多~門司港間の特急「きらめき」は、それなりの乗車率なので、有明(熊本~小倉間で運転)廃止後はきらめきを増発することも考えられます。あとは、繁忙期の増発用。
とこんな風に予想を書き綴ってみたが、前にも言った通り、未来はGod knowsなので、この通りになるとは限らない。というかならない。
2008年09月01日
始業式
今日は9月1日。夏休みも終わり、今日からは新学期です。
今日は中学生らしい、ごく普通の日記にしようと思います。
うちの学校では、普通に始業式があって、その後に中学校総合体育大会などの賞状の授与があります。
うちの学校は、特にスポーツに特化した学校ではないのですが、今回は珍しく、たくさんの賞をとったようでした。
その次に、1・2年生の夏季合宿の発表がありました。いつ何をやったのか簡潔に説明がありましたが、この内容が私たち3年生が1・2年前に行った合宿とまるで違うのです。
2年生の合宿(信州合宿)では、陶器を焼いたそうです。私たちはやっていません。
さらに、明治村にも行ったそうです。これも私たちは行っていません。
1年生の合宿(四国合宿)は声が乱れていて聞こえにくかったのですが、JR四国の、多度津工場の工場見学に行ったそうです。もちろん私たちは行っていません。
羨ましい。
しかし、合宿で車両工場見学とは、誰が提案したんでしょう。
しかも今の時期、3月の改正で運用離脱したキハ58・28・65がゴロゴロいるじゃないですか。さらに111系先頭車も…
合宿は、年度ごとに昨年の反省を生かして面白くなっていくものですが、何と羨ましい後輩たちよ、と思いました。
まあ。それは置いといて、始業式が済めば課題考査なるものがあります。
でも、ブログでテストの話をするのはウケが悪いと思うので、なしにしましょう。
テストが終われば、ホームルームですが、今日のホームルームでは、巷で話題になっている、
「全国学力・学習状況調査」
が返却されました。まあ、この話題も、アクセス数を下げる要因になりそうなので、やめにしましょう。
今日は中学生らしい、ごく普通の日記にしようと思います。
うちの学校では、普通に始業式があって、その後に中学校総合体育大会などの賞状の授与があります。
うちの学校は、特にスポーツに特化した学校ではないのですが、今回は珍しく、たくさんの賞をとったようでした。
その次に、1・2年生の夏季合宿の発表がありました。いつ何をやったのか簡潔に説明がありましたが、この内容が私たち3年生が1・2年前に行った合宿とまるで違うのです。
2年生の合宿(信州合宿)では、陶器を焼いたそうです。私たちはやっていません。
さらに、明治村にも行ったそうです。これも私たちは行っていません。
1年生の合宿(四国合宿)は声が乱れていて聞こえにくかったのですが、JR四国の、多度津工場の工場見学に行ったそうです。もちろん私たちは行っていません。
羨ましい。
しかし、合宿で車両工場見学とは、誰が提案したんでしょう。
しかも今の時期、3月の改正で運用離脱したキハ58・28・65がゴロゴロいるじゃないですか。さらに111系先頭車も…
合宿は、年度ごとに昨年の反省を生かして面白くなっていくものですが、何と羨ましい後輩たちよ、と思いました。
まあ。それは置いといて、始業式が済めば課題考査なるものがあります。
でも、ブログでテストの話をするのはウケが悪いと思うので、なしにしましょう。
テストが終われば、ホームルームですが、今日のホームルームでは、巷で話題になっている、
「全国学力・学習状況調査」
が返却されました。まあ、この話題も、アクセス数を下げる要因になりそうなので、やめにしましょう。
2008年08月31日
「北陸新幹線の金沢開業と並行在来線の今後」
「いや、私が思うにですね…」シリーズ第1弾です。
このコーナーでは、主に今ある情報を元に、管理人が、未来のことについて、いろいろ考えてみます。
第一弾は、題して…
「北陸新幹線の金沢開業と並行在来線の今後」
北陸新幹線とは、現在の長野新幹線のことで、今後も工事が進められ、長野~金沢間が今から6年後の2014年に開業する予定となっています。
この「北陸新幹線」の基本計画は1960年代に作られ、その時の計画では、東海道新幹線の補助的な役割を担う路線として、東京~大阪間を長野・富山まわりで結ぶ計画でした。
その後計画は順調に進みませんでしたが、1998年の長野オリンピック開催のための輸送力確保のため、東京~長野間が暫定的に開業し、現在に至っています。
なかなか計画が進まなかった北陸新幹線でしたが、2014年の金沢開業に向け、今工事が進められています。

▲富山駅近くで北陸本線普通の車内から撮影。DD13改造の除雪機関車の後ろに、真新しい高架橋が見える。線路や架線柱はまだ立っていないが、数年後には新幹線が通る。
さて、新幹線の開業にあたって必ずと言っていいほどクローズアップされるのが並行在来線の処遇です。今までの事例を少し挙げてみましょう。
・東海道新幹線・山陽新幹線・上越新幹線のケース
同区間を走る昼行特急・急行はほとんどが廃止。夜行列車は多数残存。新幹線連絡特急が多数新設された。
・東北新幹線のケース
大宮暫定開業時に特急型185系電車による新幹線リレー号運転。
八戸延伸開業時には、並行在来線が経営分離で第三セクター化。
・九州新幹線のケース
新八代開業時に、鹿児島本線該当部分は第三セクター化、更に気動車での運行に変更。
・長野新幹線のケース
並行在来線のうち、横川~軽井沢間の急こう配区間は廃止、バス転換。軽井沢~篠ノ井間は第三セクター化。ただし、旧国鉄車両で運転。
さて、今回開業する北陸新幹線長野~金沢ですが、該当区間を全線に渡って運転される列車はあまりありませんが、同区間の一部を走行する列車は多数存在します。
・サンダ-バード・しらさぎ(基本運転区間:大阪・名古屋~富山 該当区間:金沢~富山)
北陸新幹線と重複する区間はありますが、ほんの一部分のため、該当区間を廃止にすることはまずないと考えられます。
・はくたか(基本運転区間:金沢~越後湯沢 該当区間:金沢~糸魚川)
これはかなり開業後は先行き厳しくなる特急です。そもそも、この特急の存在意義が、
「越後湯沢で新幹線に接続し、北陸地方と首都圏の所要時間を短くする。」
で、これは北陸新幹線と全く同じです。ということで、乗客数は激減することが考えられ、廃止の可能性も高いです。はくたか号は、基本北越急行車で運用しているため、もし、廃止になったら、JR西日本への売却が考えられます。
・北越(基本運転区間:金沢~新潟 該当区間:金沢~糸魚川)

これも、はくたか号と同じ区間が該当しますが、この北越号の場合、北陸地方~新潟という輸送需要よりも、割と近距離輸送の需要の方が多いと考えられるので、私は開業後も列車としては残ると思います。ただ、使用形式が485系と、2014年の時点で十分耐用年数を迎えている車両ですので、こちらは置き換えられると思われます。
・日本海(運転区間:大阪~青森 該当区間:金沢~糸魚川)
これが北陸新幹線の影響で乗客減となり廃止されることはまずありませんが、該当区間が第三セクター化されたら話は別です。第三セクター化されれば、そこを通行するのに路線使用料がかかりますから、それの関係で廃止される可能性はあります。
それ以前に、車両の老朽化などで廃止される可能性もありますが…
・北陸・能登号(運転区間金沢~上野 該当区間:金沢~上野)

全区間にわたって重複してしまう夜行列車の2つです。需要のほとんどが北陸~首都圏なので、乗客のほとんどが流れてしまう可能性があります。今は両列車とも繁忙期では座席確保が難しい列車ですが、6年後には当然耐用年数を迎えています。開業後も、
「最終の新幹線より遅く出て、最初の新幹線より早く着く」
というダイヤとなるでしょうが、このようなダイヤだった銀河号(大阪~東京)がやはり廃止になってしまったので、この2列車が開業後に残る可能性は相当低いです。
このようにいろいろと書いてみましたが、すべて私の憶測で、何の根拠もありません。
未来なんてすべてはGod knows(神のみぞ知る)ですが、北陸新幹線の延伸時に大変革が起こるということだけは確実です。
このコーナーでは、主に今ある情報を元に、管理人が、未来のことについて、いろいろ考えてみます。
第一弾は、題して…
「北陸新幹線の金沢開業と並行在来線の今後」
北陸新幹線とは、現在の長野新幹線のことで、今後も工事が進められ、長野~金沢間が今から6年後の2014年に開業する予定となっています。
この「北陸新幹線」の基本計画は1960年代に作られ、その時の計画では、東海道新幹線の補助的な役割を担う路線として、東京~大阪間を長野・富山まわりで結ぶ計画でした。
その後計画は順調に進みませんでしたが、1998年の長野オリンピック開催のための輸送力確保のため、東京~長野間が暫定的に開業し、現在に至っています。
なかなか計画が進まなかった北陸新幹線でしたが、2014年の金沢開業に向け、今工事が進められています。

▲富山駅近くで北陸本線普通の車内から撮影。DD13改造の除雪機関車の後ろに、真新しい高架橋が見える。線路や架線柱はまだ立っていないが、数年後には新幹線が通る。
さて、新幹線の開業にあたって必ずと言っていいほどクローズアップされるのが並行在来線の処遇です。今までの事例を少し挙げてみましょう。
・東海道新幹線・山陽新幹線・上越新幹線のケース
同区間を走る昼行特急・急行はほとんどが廃止。夜行列車は多数残存。新幹線連絡特急が多数新設された。
・東北新幹線のケース
大宮暫定開業時に特急型185系電車による新幹線リレー号運転。
八戸延伸開業時には、並行在来線が経営分離で第三セクター化。
・九州新幹線のケース
新八代開業時に、鹿児島本線該当部分は第三セクター化、更に気動車での運行に変更。
・長野新幹線のケース
並行在来線のうち、横川~軽井沢間の急こう配区間は廃止、バス転換。軽井沢~篠ノ井間は第三セクター化。ただし、旧国鉄車両で運転。
さて、今回開業する北陸新幹線長野~金沢ですが、該当区間を全線に渡って運転される列車はあまりありませんが、同区間の一部を走行する列車は多数存在します。
・サンダ-バード・しらさぎ(基本運転区間:大阪・名古屋~富山 該当区間:金沢~富山)
北陸新幹線と重複する区間はありますが、ほんの一部分のため、該当区間を廃止にすることはまずないと考えられます。
・はくたか(基本運転区間:金沢~越後湯沢 該当区間:金沢~糸魚川)
これはかなり開業後は先行き厳しくなる特急です。そもそも、この特急の存在意義が、
「越後湯沢で新幹線に接続し、北陸地方と首都圏の所要時間を短くする。」
で、これは北陸新幹線と全く同じです。ということで、乗客数は激減することが考えられ、廃止の可能性も高いです。はくたか号は、基本北越急行車で運用しているため、もし、廃止になったら、JR西日本への売却が考えられます。
・北越(基本運転区間:金沢~新潟 該当区間:金沢~糸魚川)

これも、はくたか号と同じ区間が該当しますが、この北越号の場合、北陸地方~新潟という輸送需要よりも、割と近距離輸送の需要の方が多いと考えられるので、私は開業後も列車としては残ると思います。ただ、使用形式が485系と、2014年の時点で十分耐用年数を迎えている車両ですので、こちらは置き換えられると思われます。
・日本海(運転区間:大阪~青森 該当区間:金沢~糸魚川)
これが北陸新幹線の影響で乗客減となり廃止されることはまずありませんが、該当区間が第三セクター化されたら話は別です。第三セクター化されれば、そこを通行するのに路線使用料がかかりますから、それの関係で廃止される可能性はあります。
それ以前に、車両の老朽化などで廃止される可能性もありますが…
・北陸・能登号(運転区間金沢~上野 該当区間:金沢~上野)

全区間にわたって重複してしまう夜行列車の2つです。需要のほとんどが北陸~首都圏なので、乗客のほとんどが流れてしまう可能性があります。今は両列車とも繁忙期では座席確保が難しい列車ですが、6年後には当然耐用年数を迎えています。開業後も、
「最終の新幹線より遅く出て、最初の新幹線より早く着く」
というダイヤとなるでしょうが、このようなダイヤだった銀河号(大阪~東京)がやはり廃止になってしまったので、この2列車が開業後に残る可能性は相当低いです。
このようにいろいろと書いてみましたが、すべて私の憶測で、何の根拠もありません。
未来なんてすべてはGod knows(神のみぞ知る)ですが、北陸新幹線の延伸時に大変革が起こるということだけは確実です。
2008年08月30日
トップナンバーコレクション
私は今まで、鉄道写真を撮って来ましたが、変わったナンバーを見つけるとそれも記録しておきます。今日はそれを少々。
103系

言わずと知れた103系のトップ。1964年製で、阪和線に在籍。
205系

地下鉄車両でないのに戸袋窓なしと、大型降下窓とで国電の常識を覆した205系ですが、最初期の4編成は標準の窓でした。京葉線に在籍。1984年製。
207系

207系には、JR西日本が製造したものと、国鉄が製造し、JR東日本に継承されたもの2種類ありますが、
こちらは東日本の方、900番台です。東日本には1編成しか在籍せず、常磐緩行線に在籍。
455系

東北本線筋急行用の455系です。鉄道博物館に収蔵。
471系

北陸本線系統急行の元祖、471系です。1962年製。北陸本線に在籍。

583系改造の419系です。北陸本線に在籍。
14系15形

緩急車スハネフ15のトップ。富士・はやぶさで活躍。

24系緩急車オハネフ24からの改造車。唯一両のみ在籍。富士はやぶさで活躍。
885系

白いかもめで活躍中の885系のトップ。
四国の113系

JR東日本からJR四国に売却された113系は、すべて番号が変更され、先頭車には新形式のクハ112と113(オリジナルの制御車はクハ111)が、中間車にはすでに番号として消滅していたので(初代の1と2は、5000番台に改造、3は廃車)、モハ112・113が1から割り振られました。

▲2代目のモハ113-1。初代は高速化改造を受け、原番号+5000番台となって、JR西日本に在籍、リバイバル新快速などに活躍した。
という感じでトップナンバー車を並べてみましたが、見てるとなんか不安定な気分になります。
103系

言わずと知れた103系のトップ。1964年製で、阪和線に在籍。
205系

地下鉄車両でないのに戸袋窓なしと、大型降下窓とで国電の常識を覆した205系ですが、最初期の4編成は標準の窓でした。京葉線に在籍。1984年製。
207系

207系には、JR西日本が製造したものと、国鉄が製造し、JR東日本に継承されたもの2種類ありますが、
こちらは東日本の方、900番台です。東日本には1編成しか在籍せず、常磐緩行線に在籍。
455系

東北本線筋急行用の455系です。鉄道博物館に収蔵。
471系

北陸本線系統急行の元祖、471系です。1962年製。北陸本線に在籍。

583系改造の419系です。北陸本線に在籍。
14系15形

緩急車スハネフ15のトップ。富士・はやぶさで活躍。

24系緩急車オハネフ24からの改造車。唯一両のみ在籍。富士はやぶさで活躍。
885系

白いかもめで活躍中の885系のトップ。
四国の113系

JR東日本からJR四国に売却された113系は、すべて番号が変更され、先頭車には新形式のクハ112と113(オリジナルの制御車はクハ111)が、中間車にはすでに番号として消滅していたので(初代の1と2は、5000番台に改造、3は廃車)、モハ112・113が1から割り振られました。

▲2代目のモハ113-1。初代は高速化改造を受け、原番号+5000番台となって、JR西日本に在籍、リバイバル新快速などに活躍した。
という感じでトップナンバー車を並べてみましたが、見てるとなんか不安定な気分になります。
2008年08月09日
さあ、帰ろう
土佐電で高知駅に着き、帰るために南風12号の指定席券を購入しました。自由席は座れないだろうと踏んだんですが、この南風12号、高知駅ではそこまで混雑していませんでした。
高知をでてしばらくすると、高知運転所が右手に見えてきます。ここには、高知周辺で運用されている気動車がいて、キハ58・28の姿もありました。

▲高知運転所内のキハ58・28.今度来た時にはいなくなってしまっているだろう。
南風号の車内では、とにかく寝ます。朝が早かったので。
13:40岡山につきます。あとはとにかく普通列車を乗り継いで帰ります。

山陽本線普通、相生行きです。車内は満員でした。実はこの乗客のほとんどが18きっぷ利用者で、車内改札のとき皆18きっぷを出したので驚きました。
相生には、1時間ほどで到着、接続するのは播州赤穂発野洲行きの新快速です。やはりこれも18きっぷ利用者で混雑していました。
そして芦屋駅に到着。約1週間かけた旅行は、これで終了しました。
最終的に、ブログ61記事分にもなってしまいましたが、最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。
高知をでてしばらくすると、高知運転所が右手に見えてきます。ここには、高知周辺で運用されている気動車がいて、キハ58・28の姿もありました。

▲高知運転所内のキハ58・28.今度来た時にはいなくなってしまっているだろう。
南風号の車内では、とにかく寝ます。朝が早かったので。
13:40岡山につきます。あとはとにかく普通列車を乗り継いで帰ります。

山陽本線普通、相生行きです。車内は満員でした。実はこの乗客のほとんどが18きっぷ利用者で、車内改札のとき皆18きっぷを出したので驚きました。
相生には、1時間ほどで到着、接続するのは播州赤穂発野洲行きの新快速です。やはりこれも18きっぷ利用者で混雑していました。
そして芦屋駅に到着。約1週間かけた旅行は、これで終了しました。
最終的に、ブログ61記事分にもなってしまいましたが、最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。
